最高裁判所第三小法廷 昭和31年(あ)1649号 判決 1959年4月28日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人諌山博の上告趣意第一点について。
憲法二八条は、企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つものの間において、経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障したものであること、憲法二八条は勤労者の団結権、団体交渉その他の団体行動権を保障しているが、この保障もかかる勤労者の権利の無制限な行使を許容し、それが国民の平等権、自由権、財産権等の基本的人権に優位することを是認するものではないこと及び被告人の本件犯行は昭和二七年五月三〇日になされたものであるが、昭和二四年法律一七四号により改正された労働組合法一条二項の規定も、同条一項の目的達成のためにした正当行為についてのみ刑法三五条の適用を認めたにすぎないものであって、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまで、その適用があることを定めたものではないと解すべきことは、すでに当裁判所大法廷の判例とするところである(昭和二二年(れ)三一九号同二四年五月一八日宣告、集三巻六号七七二頁、昭和二三年(れ)一〇四九号同二五年一一月一五日宣告、集四巻一一号二二五七頁)。
原判決の是認した第一審判決の確定した事実によると、福岡県遠賀郡水巻町所在日本炭鉱株式会社高松鉱業所第一坑の探炭夫が、集団欠勤斗争中の昭和二七年五月三〇日、右斗争支援のため来集した田川市自由労働組合員十数名及び五・三〇記念大会開催のため来集した遠賀地区朝鮮統一民主戦線統一派約四、五十名とが、右高松一坑労働クラブ玄関前に会合し、右斗争中の採炭協議会側と田川市よりの来集者との間に、スト支援の挨拶などが交換されていた際、同日午後二時頃たまたま同クラブ前で五・三〇記念大会視察中の遠賀地区警察署巡査部長新田繁夫を発見するや被告人は同所に来集していた約六、七十名の者と共謀し、新田部長を取り囲んで脱出を困難ならしめ、判示第一事実記載のような種々悪口雑言をなした上、右新田部長に対し警察手帳の提出を求め、その内容を改めて参集者に向って読み上げ、なお、同部長をして参集者の面前で「自分は遠賀地区警察署岡垣村巡査部長派出所勤務の新田繁夫で、本日午後一時本署に連絡に行ったところ署長からグランドで五・三〇記念大会が行われているので、その情況を見て来いと言われて来たのであって、決して経済斗争の弾圧に来たのではない」旨の弁明をさせた後、詫状を書かすことを参集にはかった上「大衆に向って弁明したことを書面に書け、署長の命で来たこと及び将来高松一坑の集会には来ないことをも附記せよ」と強要し、「早く書かんか打殺してしまう」などと怒号し、遂にその旨の文書を作成させてこれを参集者に向って読みあげさせ、さらに午後四時頃来集者約二百名の示威隊を編成し、新田部長の両腕を扼して示威隊の中央附近に引き入れた上スクラムを組み、その脱出を不可能にして同所より水巻町警察署まで連行し、同日午後二時頃より五時二〇分頃までの間同部長の自由を拘束し、これを監禁したというのであって、かかる被告人の所為が労働組合法一条一項の目的達成のためにする正当行為であると認めることのできないことは前記判例の趣旨に徴し明らかである。されば、原判決には所論のような違憲、違法のかどはないから、所論は採用できない。
同第二点について。
所論は、原判決の認定しない事実関係を前提とする憲法違反の主張であるから、刑訴四〇五条の適法な上告理由に当らない。
同第三点について。
所論は、違憲をいうが、原判決は所論の控訴趣意に対しても判断を示していること判文上明らかであるから、その前提を欠き、結局法令違反(訴訟法違反を含む)の主張に外ならないものであって、刑訴四〇五条の適法な上告理由に当らない。
同第四点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、同第五点は、事実誤認の主張に帰するものであって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
被告本人の上告趣意第一点について。
所論の理由がないことは、諌山弁護人の上告趣意第一点において説示するところによって、諒解すべきである。
同第二点について。
所論は、原判示に副わない事実を前提とする判例違反及び憲法違反の主張であるから、刑訴四〇五条の適法な上告理由に当らない。
同第三点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
論旨はすべて採用できない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)